自宅を3回建て直した当事者が語る福祉住宅の本質とは

自宅を3回建て直した当事者が語る福祉住宅の本質とは

パラアスリートとして日本車椅子ラグビー界を牽引した官野一彦(かんの かずひこ)選手。第一回インタビューではアスリートとしての経歴を中心に伺った。一方で実業家や企業顧問としての顔も併せ持ち、前例の無い職業「福祉住宅コンサルタント」としての活動も進めている。工務店・住宅建築業界における福祉住宅の課題について当事者の視点で語っていただいた。

3回、自宅を建て直す

3回、自宅を建て直す
一般的なイメージを持たれている障害者向けの住宅と、実際に障害者が求めている住宅には大きなギャップが存在します。

みなさんがよく使っている言葉にもニュアンスの違いがあります。バリアフリーは字のごとく「障壁になるものが無い」という意味です。ユニバーサルデザインは「誰でも使える」という意味。一方の福祉住宅では「福祉」という言葉の範囲は広く捉えられます。子どもだって福祉の対象になりますからね。だから僕の住んでいる住宅は、“障害者の”福祉住宅という前置きが入ります。

健常者の方って、極端にいえば郷に従えば生活できてしまう。狭い家でも贅沢を言わなければ住めるでしょう。しかし障害のある方は物理的に住めません。
障害者の求めている福祉住宅は非常に細分化されます。ひとくくりに「障害者」といっても幅広い。例えば僕は脊髄損傷ですけど、同じ脊髄損傷でも頚椎の1番から腰椎の5番まで20箇所以上あります。損傷した箇所によって症状は異なります。加えて、年齢・性別・利き手(足)・モチベーション・キャリア・趣味趣向・土地の大きさによって、本人が求める住宅はまったく変わってくるんです。

僕自身も満足のいく住宅になるまで、自宅を3回建て直しました。リフォームするにも1箇所何十万円とかかりますから、お金も相当ムダにしたんです。最初はインターネットや雑誌などを参考にしながら「工務店はこうしたい」「自分はこうしたい」というのを建ててみたら、まったくお互いの考えが合っていなかったんです。蓋を開けてみたら「これやっちゃったね」「あそこ要らなかったね」というのばかりでした。

例えば、玄関。一般的には引き戸で段差の無いフラットなほうが、車椅子の方は使いやすいといわれています。僕も当初はそういった形でつくりました。しかし、実際に使ってみるとチェーンがつけられず、防犯上、あまりよろしくなかったんです。家の内と外を区切る、日本人の境界感覚にもそぐわなかった。
おまけに段差が無いため、隙間からガンガン砂ぼこりが家の中に入ってきました。結局、5cmぐらいの上がり框(かまち)を玄関と家の間につくりました。場所によっては雨水が入ってしまう可能性もあります。実際にバリアフリー対応のマンション1階で浸水被害にあった知り合いもいます。
なので、フラットがいいかといえば決してそうではありません。家の中ではフラットだと確かに動きやすいんですが、すべてフラットが正解とは限りません。

つまり、「誰でも住めること」と「自分にコミットしていること」はまったく違います。「使える」のと「使いやすい」は違う。「使える」のと「使いたい」も違う。
「障害者はこれを求めている」という決めつけと「実際に障害者が求めているもの」は違います。「こうでなきゃダメだ」「ああに決まってる」という“当たり前”を押し付けられて困っている方も多いです。
一般的にいわれている「バリアフリー設計」は「障害者でも健常者でも使える設計」ということであって「その人の障害に合った設計」ではありません。福祉住宅は「オーダーメイドで、その人にコミットしたものがつくれる」というのが最大の強みです。その人の症状・性別・利き手などにコミットした家をつくれるのが福祉住宅の魅力といえるでしょう。

依頼主と施工主をつなぐ“橋渡し”に

依頼主と施工主をつなぐ“橋渡し”に
家づくりに失敗した一番の原因は、依頼主と施工主のコミュニケーション不足だと思います。お互いの解釈、ニュアンスの違い。これは障害者に限りませんが、埋めることが難しいです。

家づくりにも「ABCという3つの型と、赤青黄の3色から一つずつ選ぶ」と選択肢が決まっているなら解釈に違いは生まれません。でも福祉住宅は「オーダーメイド住宅」に近く、無形からつくっていかなければなりません。無形のものを説明すると、どうしても誤差は生じてきます。「私はこう思っていたけど、実際は違った」というのはニュアンスの捉え方次第で起こるかもしれません。
ただ、その違いが障害者には致命的だったりします。健常者なら多少不便でも生活に支障をきたさないしれませんが、障害者は「そうじゃなきゃ生活できない」ことが多々あります。何十万円とお金をかけてでも直さなきゃいけません。

こういった出来事一つで、施工主との関係も崩れてしまうんです。せっかく運命的に「この業者さんにお願いしたい!」と信頼して頼んでも、最終的にはゴタゴタになって縁が離れてしまうのはすごく悲しいことだと思います。本来なら「いい家をつくってくれて、ありがとう」と感謝したいのに。施工主も成功事例として次のお客さんに結びつけることも難しくなるでしょう。

このような背景からかもしれませんが、参考にしたい福祉住宅の事例を探してもほとんどありません。僕も家を建てるときにインターネット上の資料を見せてはもらったんですが、「自分の求めているものではないな」「そこまで障害が重いわけではないんだよな」という感想で、知りたい事例には出会えなかったんです。
また限られた情報だけでは伝わりづらく、良し悪しを判断できませんでした。福祉住宅のデータが数十軒とあるなら、求める住宅を見つけられるかもしれませんが、1〜2軒だけでは比較すらまともにできません。

問題を解決するためには、双方の“橋渡し”となる存在が重要だと考えています。
「オーダーメイド住宅」という福祉住宅の特長をしっかり提供できるように、依頼主と施工主の間に立ち、お互いの帳尻を埋める人がいると、確実にいい家づくりができると確信しています。
例えば、男女の違いを理解することは難しい。そこをつなぐ役割が必要になるでしょう。極端な話かもしませんが、女性から男性に変わった人が間に入ってくれたら、女性の言葉を一度変換して伝えてくれるだけで、男性も「そういうことなんだ」と理解できます。

何度も家づくりを経験した僕が間に入れば、依頼主の希望に対して「こういう風にしたほうがいいです」「こんな商品を提供できるよ」とアドバイスができます。もっといえば、リハビリの過程で「今後、こういったものが必要になってくる可能性があるから」「あそこにお金をかける必要があるかもよ」という将来に向けた話もできます。
施工主にも「前回の方には合ったかもしれないですが、今回の方は症状も違うのでこれは使いにくいんです」と伝えられます。業者さんの学びの機会にもなるでしょう。

つまり、依頼主の悩みを理解できる人、施工主のわからないことを理解できる人がいると、福祉住宅を建てたときに誰も損をしなくなるんです。改修にかかるお金のムダも防げます。依頼主も施工主も感謝を伝え合って、みんなハッピーになるためのお手伝いができるでしょう。

業界全体にもいい影響を与えられます。ちょうど水面に石を投げて、波紋が広がっていくようなイメージです。施工主は「福祉住宅の家づくりがうまくいった」という事例を持てたら、別の方から依頼されたときも、「前回とまったく同じとは限らないけど、成功できる」という自信につながるでしょう。依頼主も「あそこの会社すごくいいよ」と、知人に紹介してくれるはずです。だから、お互いが「ありがとう」と言える終わり方なら、次も必ずいい関係が生まれてくると思います。

橋渡しとなる活動をする人は、これまでいませんでした。なら自分がやってやろう、と。
誰かに同じ失敗をさせたくないんですよね。1回でいい家を建ててほしい。僕が経験したことを他の誰かに転用して、たくさんの人を助けられたらいいなって単純に思ったんです。
家づくりで困っている人たちに「ああ、それわかる!」と思いをシェアしてもらえたらいいな、仲間としてわかり合える場があったらいいな、と。
僕が人のために働けるなら橋渡し役を担いたい、と考えていたタイミングで出会ったのがナカザワ建販株式会社の中澤秀紀(なかざわ ひでき)社長でした。

先見の明を持つ、中澤社長との出会い

先見の明を持つ、中澤社長との出会い
以前からお世話になっている総合格闘家の大山峻護(おおやま しゅんご)さんから、人づてに中澤社長をご紹介いただきました。中澤社長は圧倒的に他と違うというかシビれる、魅力ある方です。
会社だけでなく建築業界・日本全体についても広い観点で物事を見ています。「こうでなければならない」という感覚が著しくありません。時代が移りゆくなかで新しいものを見つけたり、見つけなきゃいけないという、先見の明を持っているような方です。

しかもいい意味で「社長らしくない」といったら変ですが、立派な方なのに腰が低く、対応も丁寧なんです。懐の奥深さも感じますね。
アンテナを周りに張っていて、社員・会社のことをたくさん考えているうえに、フレキシブルに学ぼうとしたり、積極的に知らないことを知ろうとされています。だから官野一彦という異質な物質とあったときに、「何か学ぼう」「知りたい」というのがすごく伝わってました。

僕が福祉住宅でやりたいことを伝えたときも「それはおもしろい」と共感してくれたんですね。エニワン株式会社の顧問も任せていただきました。少しえらそうですが、僕の持っているスキル・ノウハウ・キャリアを、出し惜しみなく中澤社長やナカザワ建販株式会社、グループ会社のために使いたい、と思いました。

今後、工務店・住宅建築業界向けメディアの「これからのイエのカタチ」では、僕自身や周りで見聞きした福祉住宅の事例を、お伝えする予定です。
先ほど触れた通り、インターネット上の事例が限られているなかで、定期的に事例を発信する取り組みは非常におもしろいと感じています。1〜2例で終わるのではなく、定期的に発信すれば、アーカイブとして蓄積されます。情報を求めている方は追ってくれるでしょう。日本で福祉住宅の発信に特化している会社は他にないので、すごくおもしろいなと思っています。

障害者アスリートのセカンドキャリア支援

障害者アスリートのセカンドキャリア支援
まずは僕自身が福祉住宅コンサルタントとして活動をしていくことが第一目標ですが、その先に描いているのは「障害者アスリートのセカンドキャリア支援」です。アスリートとしてのキャリアを終了したときに、目標を見失ったり、仕事選びに困ったりと問題に陥りやすいもの。あるいは現役のアスリートとして競技を続けながら、仕事で収入を得なければいけない方もいます。
「第二のキャリアとして人のため、世のために働きたい」と思っている方のために、一つの選択肢として「福祉住宅コンサルタント」を加えられたらいいですね。

47都道府県すべてに、福祉住宅コンサルタントは必要です。
例えば、僕が北海道の冬場を100%理解できるわけではありません。「北海道在住の障害者です。モーグルの練習をしていて、首の骨を折って車椅子になってしまった。家をつくりたいが、雪が積もって車の出し入れに困っている」と相談を受けたときに、土地柄を理解している人がいたらより的確なアドバイスができるでしょう。
大阪には大阪、沖縄には沖縄と、一県に一人ではないですが、支部を置けたら全国をカバーできます。彼らには僕が講習をして活動をしてもらいます。こうやって障害者アスリートのセカンドキャリアのお手伝いができれば、みんながハッピーになれます。やりがいを感じつつ、仕事につなげられたら嬉しいですね。

文=岡田基

官野一彦
1981年生まれ。実業家、パラアスリート。22歳でサーフィン中の事故で脊髄を損傷し、車椅子生活となる。2006年に車椅子ラグビーを始めると1年で日本代表に選出される。2016年リオデジャネイロパラリンピックで日本初の銅メダルを獲得。2018年世界選手権で優勝。2020年にパラサイクリングに転向し、パリパラリンピックを目指す。一方でTAG CYCLE株式会社を創業し、千葉に障害者アスリート専用ジムを設立した。工務店向けITサービスを展開する「エニワン株式会社」の顧問として、障害者向け住宅のコンサルティングも行う。

福祉住宅に関するご相談は、Twitter(@kanno_tagcycle)へご連絡ください。

岡田基
2015年、自著出版をきっかけにフリーライターとして活動を始める。取材や編集、ディレクションに携わる。東京で7年活動した後、沖縄へ移住。

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